ヌクスから日帰りでモナイク(Muynak)へ行ってきました。
かつて砂漠の中のオアシスであったアラル海は、綿花栽培のための大規模灌漑により大幅に縮小されてしまいました。モイナクはかつてのアラル海沿岸に位置した街であり、漁業が行われていました。
ところが湖岸線が急激に後退したため、砂地に漁船が取り残され、船の墓場となっているのです。
そんなモイナクの街へ、ヌクスから日帰りで行ってみることにしました。
ヌクス(Nukus)からモイナク(Muynak)までの道のり
ヌクスからモイナクまでは約200km離れています。この間を結ぶ公共交通手段はバスか乗り合いタクシー、飛行機になります。ただし飛行機は週に1便しかありませんので利便性は低めです。
ヌクスからモイナク行きのバス
モイナクまでのバスは、バスターミナルから毎朝9時ごろに出るという情報がありますが、時刻については前後する可能性があります。モイナクからヌクス行きのバスは午後3時頃に出るので、日帰りの場合はこれに乗り遅れないよう注意が必要です。ヌクスからモイナクまでのバス運賃は一人25,000ソム。所要時間は約3時間から4時間です。
ヌクスからモイナク行きの乗り合いタクシー
乗り合いタクシーの場合、乗客が集まり次第出発ということになります。バスターミナルの近くから乗車できるようです。ヌクス鉄道駅の前にも乗り合いタクシー乗り場があるようで、汽車が到着する時刻に合わせて行けば、モイナク行きタクシーに乗れるかもしれません。
乗り合いタクシーはバスに比べて少し速くて、所要時間約3時間、料金は一人50,000ソムです。
車をチャーター
ヌクスからのモイナク日帰り観光は、車をチャーターして行く方法もあります。ヌクスのゲストハウスでアレンジしてもらえるはずですので、問い合わせてみてください。
ヌクスのゲストハウスでモイナク行きツアー車に便乗
出発時刻がはっきりしないものの、とにかくバスターミナルまで行ってみようと、当日の朝、ゲストハウスでバスターミナルまでのタクシーについて尋ねてみました。バスターミナルまでは約5kmあります。ゲストハウスのスタッフが、Yandexではなく、このエリアでよく使われている配車アプリを使って車を手配してくれたときでした。
向かいの部屋に泊まっていたスペイン人カップルがスーツケースを持って降りてきました。どうやらチェックアウトしたあと泊りがけのツアーに出るようです。
レセプションのスタッフが彼らにその日の予定を説明しているのを横から聴いていた私たち。どうも彼らは最初にモイナクへ行くらしいのです。「あのー、私たちも、モイナクへ行くんですけど…」と話しかけてみた結果、モイナクまで相乗りさせてもらえることになりました。ラッキーです。
ヌクスのゲストハウスを出発:午前8時
モイナクまでの相乗りがOKとなって、速攻出発です。車はトヨタの四輪駆動車、運転手は英語はできませんがロシア語とウズベク語が話せます。
午前8時すぎにゲストハウス前を出発しました。エアコン付きの快適な旅です。
ヌクスからモイナクまでの道はアスファルトで舗装されていますが、ところどころ穴が開いていてひどい状態の部分もありました。けっきょくモイナクの船の墓場博物館に着いたのは午前11時、所要時間は3時間でした。
船の墓場と博物館見学:午前11時
置き去りにされた船の墓場近くには、関連資料を展示する博物館が作られています。入場料は外国人の場合、一人30,000ソムです。
博物館の外にはモニュメントがあり、かつて湖だったところに取り残された船のところまで降りていくことができます。私たちはモニュメントとその周辺の写真を撮ったあとで博物館に入り、館内で展示物やビデオを視聴しました。それから船の墓場へ降りていきました。
モニュメントと船の墓場は屋外になりますので、博物館に入場せずとも見学可能です。入場料も要りません。ただ、アラル海縮小の歴史と背景を知るためには博物館を見学して理解を深めてから、船の墓場を見る方が有意義だと思います。
20世紀最大級の自然破壊によるアラル海縮小
アラル海はかつて6万平方キロメートル以上もの面積があった、世界でも有数の大きな湖でした。ウズベキスタンとカザフスタンにまたがる塩湖であり、砂漠の中のオアシスでもありました。沿岸には複数の漁村が形成されていたといいます。ところが、特に1940年以降のソビエト連邦による「自然改造計画」により、湖の規模が急激に縮小し、たった半世紀の間に5分の一にまで面積縮小されてしまったのです。
その大きな原因となったのは綿花栽培のための灌漑でした。このエリアでは18世紀ごろから綿花栽培がおこなわれていたことがわかっていますが、19世紀にこの地域に進出した帝政ロシアは産業革命期にあり、大量の綿花を必要としていたため、遊牧民を定住させて農地を開拓し、アラル海にそそぐ河川の水を灌漑して綿花栽培を推進させたのでした。
その背景として、塩湖であるアラル海は農業用水としての価値が低いため軽視されていたこと、進化した人間と科学により自然を凌駕することが素晴らしいとする思想があったことも、自然破壊が進んだ要因だったといわれています。
かつては漁業で潤い、多様な生態系を保持していた湖は、徐々にその水量を減少させ、水位が下がり湖岸線が後退していったのです。1960年からその縮小は顕著となり、一晩で数十メートルも湖岸線が後退することもありました。このため複数の漁船が置き去りになり、現在のような船の墓場と化してしまったのです。
アラル海が縮小し砂漠化が進んだことで、この地域の生態系も大きく変化しました。水量が大幅に減少したアラル海の水は海水よりも塩分が高くなったことで漁業が成り立たなくなり、周辺漁村は放棄されました。
現在のアラル海は複数のより小さな湖として残っています。これらを拡大するための活動も行われていますが、干上がってしまった湖の底砂から起こる砂嵐による周辺住民の健康被害が問題視されています。20世紀最大の環境破壊といわれるアラル海。自然の神秘さと人間の愚かさを感じずにはいられない旅になりました。
モナイクから乗り合いタクシーでクンギロット(Kungirot)へ:午後1時半
博物館と船の墓場を見学したあと、ヌクスの街へ戻りました。
モナイク空港の近くの乗り合いタクシー乗り場(ヌクス行きのバスもここから出るようです)に行くと、ヌクスまでの途中にある街、クンギロット(Kungirot)まで行く車があり、これに乗ってとりあえずクンギロットまで行くことにしました。乗客4人乗りの乗用車で一人25,000ソムです。
クンギロットからヌクスまでの乗り合いタクシー出発:午後3時10分
モナイクからの乗り合いタクシーでクンギロットに着いたのは午後3時でした。主要道路の交差点で車は停車し、ヌクス行きの車は少し先の乗り場から出ると教えてもらいました。
道路わきにあった小さな店でパンを買ってから乗り場へ向かいました。運転手にヌクス行きを伝えて、他に乗客が集まるまで少し待ちます。クンギロットの街はモナイクよりも大きく車も人も多いですが、外国人は珍しいのでしょう。待っている間にいろんな人が話しかけてきました。
10分もしないうちに他に乗客が二人やってきて出発することになりました。時刻は午後3時過ぎ。
ヌクス到着
ヌクスに到着したのは午後4時半すぎ。料金は一人35,000ソムでした。宿泊していたゲストハウスの近くで降ろしてもらい、そこからは歩いて戻りました。
移動時間が長い日帰り旅行となりましたが、訪れる価値は高いと思います。ヌクスに来た際にはぜひ、モイナクの船の墓場まで足を運んでみてください。
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